日本のお金持ち研究

日本のお金持ち研究 (日経ビジネス人文庫 ブルー た 11-1)

日本のお金持ち研究 (日経ビジネス人文庫 ブルー た 11-1)

書いたのは学者であるが、その内容は質の低いゴシップの寄せ集めという感が否めなかった。
まず、調査の対象が「2000年度及び2001年度の全国高額納税者名簿に載った年間納税額3000万円以上の人全員にアンケート用紙を送り、回答が得られたそのうち約8%、465件」という時点で、この本がいわゆる「金持ち」全体を描けないことは明らかである。理由の第一に、いうまでもなく、全体の8%、456件という数はサンプルの偏りを排除できない。第二に、この調査方法では、資産家だが収入が大きくない金持ち、資産を法人所有にするなどして節税対策を行っている金持ちを反映できていない。第三に、アンケートに答えてくれる金持ち、という選別が既にサンプルの偏りを生んでいる。じっさい、この本では金持ちを「案外忙しくなく、人付き合いがいい」などと説明しているが、そりゃあ、わざわざアンケートに答えてくれる奇特な8%の金持ちにおいては、そうだろう。
さらに、そうした不完全なデータに加えられる解釈も、説得力があるものとは言い難い。少し長いがこの本の典型的な例を引用する。

自分が役員(経営者)になれた理由を自己診断で評価した結果は、次の三つが大切である。第一に、幅広い分野を経験し、全社的な見方ができるようになった。第二に、部下から厚い信頼を得、かつ支持を得ていた。第三に、自分の専門分野で大きな業績をあげた。
第一と第三の理由は一見矛盾していると思われるかもしれないが、次のように解釈すれば矛盾ではない。第三の理由は、主として若い時期に特定の分野、たとえば研究、開発、技術、販売、経理、人事等々の中で、比較的狭い専門領域で大きな業績をあげたことをさしている。企業の規模がある程度大きいだけに、これらの分野に特化して努力すれば、業績をあげることができる素地はある。
それに対して第一の理由は、狭い分野で大きな業績を示して頭角を現した人が、課長や部長といった中間管理職に登用された後、経営者になれそうな前途有望な人を、今の経営者が決断してそれらの人に異なる部署をいろいろ経験させるのである。

金持ちの自己診断を基にした分析という時点で、どうだろうと思うが、さらに、その一見した矛盾の説明があまりに一面的である。課長は狭い分野で大きな業績を示して頭角を現してから、やっとなるものだろうか? 課長や部長になってから、狭い分野で大きな業績を示すことはないのだろうか? 常識的に言って、出世には多様なコースがあるのに、このように視野狭窄な説明を大した根拠もなしに提示してしまうのは、ある意味では、さすがは社会学者だね、と思わせる。
まぁでも、日本では希有な金持ちの「一部」を示した本として、ルポの一種だと思って読めば、かなり楽しめる内容の本ですよ。