裁判員制度の正体

裁判員制度の正体 (講談社現代新書)

裁判員制度の正体 (講談社現代新書)

内容はまともなのに作者の感情が透けて見えるせいでトンデモ本に見えてしまうのが残念だ。
例えば冒頭ではこんな記述がある。

権力が国民に対して、有無を言わさずに皆おなじように考えさせ、おなじように行動させようとする国民総動員の思想であり、徴兵制への芽をはらんだものである

裁判員制度は現代の赤紙

こんな書き方をしたら大抵の読者は「うわ、サヨクだ」「裁判官崩れの法学者はやっぱりこんな人なのか」と引いてしまうに違いない。
こんな調子で、全体的に筆者の「裁判員制度は断固として許せん」という感情が剥き出しになっており、しかも「専門家のやることは専門家に任せておけばいい。素人が口を出すな」という意識も丸出しなので(法曹関係者がこんなことを言ったらエリート主義だと思われるに決まっている)*1、読んでいる側としてあまり気分が良くない。実は推進派のロジックもきちんと取り上げているのだが、口角泡を飛ばす批判のせいで公平な記述に見えない難もある。
個人的に筆者を知っているので擁護するが、決して西野氏は共産党系のイカレた人ではない*2。彼が下した判決や彼の主張をいくつか知っているが、いずれも筋が通っており妥当なものである(但し西野氏は例外的に民事事件ばかりを担当した裁判官であることも付記しておく。刑事裁判については一般の裁判官ほどの知識はないと思われる)。
が、「こういう書き方をすると一般の読者は引く」という点が理解できていないあたり、浮世離れしているという批判は免れないでしょうね……。
それはさておき、引用した上の2文について、実は正しいと私は思っている。裁判員制度は本当にキチガイじみた制度で、「近代国家の理念に反し有無を言わさず国民に一定の行動様式、思考様式を強いる」という点において筆者の主張に全く同感だ。だからこそ、多くの国民にこのヤバさを知って貰う上で、筆者にはもっと表現を選んで欲しかった。
主張内容自体はhttp://www.47news.jp/feature/saibanin/47news/094569.htmlにも書かれているような内容が大半だった(この記事は西野氏以外の主張も含めて裁判員制度の問題点を要領よく纏めていると思う)。しかし、この本では裁判員候補になった人のプライバシーが侵害される点にも触れており、一般にはあまり触れられていない部分判決制度の問題点についても「珍無類のリレー裁判」という笑える表題で指摘しており、また、司法手続きが煩雑になることが司法取引への道を開く危険性があるとの指摘もあり、これらの点は大変参考になった。
ところで、筆者は法科大学院の教授である(その立場から法科大学院制度の良さも主張している)が、

法科大学院で粗製濫造された未熟な若手

のような記述もあり、法科大学院制度にも反対であることを臭わせていた点には笑ってしまった。

*1:もっとも、きちんとロジックを追えば『裁判員制度で扱うのは一般社会とはかけ離れた凶悪犯罪のみなので、いわゆる一般的な社会常識の通用する世界ではありませんよ。こうした問題を裁くには相応の訓練が必要だと思いませんか』というまともな主張をしている。こんな調子で、「実はまともな主張をしているのに感情丸出しなせいでキチガイじみて見える」記述が少なくない

*2:それどころか、私は西野氏はミギヒダリで言えばミギっぽい考え方の人だという印象を抱いている。団塊生まれだったり公務員になってたりね